湯の山温泉のお土産「湯の花せんべい」をつくっている三重県菰野町の有限会社「日の出屋製菓」が大きく変わろうとしている。創業以来初の直営店を菓子工場に開いたほか、コロナ禍の体験から、旅に来る客を待つだけでなく、菓子がお客様の元へ旅するイメージで新ブランドをつくり、販路を全国や海外へ拡大した。アパレル会社勤務で企画や営業を経験した三代目社長の発想がそこにある。
直営店「SENBEI FACTORY SHOP」は4月20日にオープン。19日のプレオープンとの2日間だけで約500人が訪れた。工場で「湯の花せんべい」ができる様子を見学でき、出来立ての試食もできる。直営店には洋菓子を含め約30種に増えた商品すべてがそろい、三代目の千種啓資さん(43)は、お客様への対応などに忙しく立ち回った。直営店は人気のアクアイグニスから徒歩5分と近く、町の観光ルートづくりに何か協力できないかと考えたという。
〇始まりは祖父がリヤカーを引いてせんべいを販売
昭和20年代、祖父の一夫さんが海軍から引き揚げ、リヤカーでせんべいを売り歩いたのが日の出屋製菓の始まり。1957年に創業し、昭和30年代には湯の山温泉などの観光が盛んになり、二代目の父、了嗣さんまでは、湯の山温泉やナガシマリゾートの売店などに置く菓子10数種をつくってきた。
兄がいたこともあって、啓資さんは「自分は家業を継ぐことはない」と考え、衣料品や雑貨を扱うアパレル会社「BEAMS」に就職、名古屋で勤務した。しかし、年齢を重ねるとともに「だれかに家業を継いでほしい」という思いが父母にあることを感じ取り、商社に就職して大阪に住んだ兄より自分の方が家のことを見やすいと考え、家に戻ることにした。30歳を少し回っていたころだ。
「菓子職人としては素人からの出発だが、企画や営業やコンピューターの扱いなら負けない」。自分なりの会社のあり方を考えた。
大きな契機になったのは新型コロナの感染拡大だ。旅行客が激減し、土産ものの菓子が売れない状況になった一方で、ネット発信などで遠方の人にも商品を知ってもらえるあらたな考え方もできることが分かった。
〇県内外の業者とのコラボで新商品を考案
啓資さんは、「人が旅に来られないなら、菓子の方から旅していこう」と、「旅するお菓子」をコンセプトにした「tabino ondo(タビノオンド)」を新ブランドとして2021年秋に立ち上げた。三重県の素材である鈴鹿の伊勢抹茶、松阪の和紅茶、伊勢のほうじ茶などを使ったクランチや、四日市の銘酒の酒粕と柚子ピールを加えたバターサンドなどを考案。自社工場ではつくれない製品も京都など県内外の業者とコラボ協力してつくりあげた。早くから異業種とのコラボに取り組んでいた「BEAMS」での経験がここにも生きている。
香港、台湾、韓国、オーストラリア、米国など、海外でも「湯の花せんべい」の販売を実現した。日本のお菓子の古さと新しさのバランスが好評だ。海外販売を本格化させるため、賞味期限を含む乗り越えるべき課題をひとつひとつクリアさせている。
直営店の営業は当面は午前10時~午後4時(日曜定休)。「いろんなことを一気にはできないが、少しずつ変えていきたい。いつか、観光バスで湯の山温泉など町を訪れたお客様が、必ずここに立ち寄っていただけるようになればと思っています」と啓資さんは話している。